植物状態の時魂はどこにあるのか

神道には人間の本体は魂の方で、体は単なる入れ物であるという考え方があります。

 

魂が本体であるのなら、事故や病気などで寝たきりになってしまった人、植物状態の人は生きていると言えるのでしょうか。

 

これは医学的な視点から見てもなかなか結論が出ない、難しい問題です。

 

脳死を人の死として扱うか、これを患者の家族の皆さんに是非を問うのはあまりにも酷ですよね。

 

人の心、魂がどこにあるのか。

 

例え体は目覚めなくとも、そこにその人の魂があると考えている人が多くいることでしょう。だからこそ、脳死をどう扱うかに迷いが生じるのです。

 

例えば植物状態のような寝たきりの状態になってしまった時でも、人間の体には反射というものがあります。まるで指先が、その人の意思で動いたように見えることがあるそうです。

 

その度に「もしかしたら」と期待して、医師に医学的見解からただの反射だと告げられて、家族は疲弊していく。

 

そこには想像を絶する苦しみがあり、他人にはどうすることもできないでしょう。

 

ただ救って差し上げることが出来なくとも、傍に心を寄り添うことはできる。

 

あなたの近しい人にこんな悲しいことがもし起こってしまったのだとしたら、心を配ってあげましょう。

 

大きな革命は起こさなくとも、自分の周りをちょっとだけ良くする。これこそが平和教で伝えていきたいことでもあるのです。

 

自分を良くすることで周りを良くするといつもはお伝えしてますが、逆に周りを良くすることもまた自分を良くすることにつながります。

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