神道と天気
「天気の子」が公開され、前作同様にヒットしました。
人によっては「ハレ」「ヒナ」という響きに既視感を覚えた方もいるのではないでしょうか。
新海誠監督は、前作の大ヒット作「君の名は。」でも神道的なバックグラウンドが物語で表現されていました。
今回の「天気の子」でも、アメ=天・ハレ=ハレ日・ヒナは雛と読み替えることで今回の作品にも神道的要素を盛り込んでいるのが分かりますね。
日本人は生活していく中で、何となくハレやケガレの言葉・内容に体が馴染んでいます。
こういった表現に出会う度、自分たちの内面に響くものがあるのです。
彼の作品が日本の人達に愛されている要因の一つかもしれないですね。
恐らくケガレの象徴とされる東京は、陽菜の力で穢れを払うことがベースになっています。
けれど大祓詞のように、全ての命を消してしまうことはありません。
全てが終わった後、東京の人達は逞しく暮らしていきます。
命を消してしまわなくても、人々の心の中から罪・ケガレが消えたという風にも解釈できますね。
どんなに人がケガレにまみれても、祓うことができるというのが神道の基本です。
新海監督の作品は、とても優しい人たちの再生物語が多いように思います。
この神道のケガレに対する考え方も、もしかしたら作品に対してマッチしたのかもしれませんね。

