神道には教祖がいない

神道は他の世界の様々な宗教と比べて、ある特徴的な部分があります。

それは神道には教祖や開祖、象徴となる人物が全くいないということ。

多くの宗教にはキリスト教のイエス・キリスト、イスラム教のムハンマド、仏教の釈迦のように指導者、教祖、開祖がそれぞれいてその教えに基づいて信仰していきます。

良く知られる「聖書」「コーラン」「法華経」などのような経典も持ちません。

八百万の神という言い方なら聞いたことのある方が多いかと思いますが、全ての自然のものに魂が宿るとして信仰するのが神道の基本です。

大きなものを敬うのではなく、身の回りにある自然のものを感謝して大事にし、奉る。

色々なものが普及して便利にはなりましたが、日本にの「もったいない精神」はここから脈々と続いてきた、全てのものに魂が宿っているという考え方からきている気がしてきますね。

先祖の霊を敬い、自然を崇拝する。

仏教やキリスト教が多く広まった今となっても、日本人の根底にはこの感覚が残っているからこそ、自分は無宗教だと思っている日本人が多いのかもしれません。

第二次世界大戦の時に国家神道は廃止となりましたが、教祖を持たない神道の感覚は意外と今も続いているのです。

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