七夕祭り

七夕の文化は日本にあったものではなく、中国がはじまりです。 奈良時代に中国から伝わってきたとされ、当時は皇族の宮中行事として行われていました。 その後、中国と日本の風習がいくつか重なり、今の七夕の形になったのは江戸時代の頃です。

日本の夏の風物詩として広く知られる「七夕」。季節の節目を意味する「五節句」の一つでもあります。

七夕を知るうえで欠かせないのが「織姫」と「彦星」です。諸説ありますが、最も一般的なのが「牛郎織女(ぎゅうろうしゅくじょ)」という中国発祥の物語。
“昔、中国のとある川のほとりに「織女」という美女が住んでいました。織女が年頃になると、父は農耕に熱心な「牽牛(けんぎゅう)」という青年を婿として迎え入れます。それから、織女は牽牛に夢中になり、本業の機織りに手がつかなくなってしまいます。父が注意しても意味がなかったので、織女と牽牛を引き離し、牽牛は川の対岸に追放されてしまいました。織女は悲しみ、毎日泣き続けていたことを見かねた父は、年に一度、7月7日にだけ会うことを許しました。その後、毎年7月7日を楽しみに、二人は真面目に仕事に取り組むようになりました。

二人の物語は、空を流れる天の川の近くにある「こと座のペガ(織姫)」と「わし座のアルタイル(彦星)」に例えられます。
中国では、この二つの星が視覚的に最も接近する7月7日の夜に「乞巧奠(きっこうでん)」という行事が行われます。この中国の「乞巧奠」が、現在日本で行われている七夕行事の原型となったといわれています。

日本の七夕の風習として、短冊に願い事を書くというものがあります。笹の木に吊るされたカラフルな短冊は、日本の七夕文化を象徴する光景です。
この短冊に願い事が書かれるようになったのは江戸時代。当時は書道など技芸の上達を願うものが多かったといわれています。
また、短冊に使われる紙の色は、赤・青・黄・白・黒の五色と決められています。これは中国古代の学説「五行説」という、自然は木・火・土・金・水の五つの元素の循環に従って変化するという説に基づいたものです。
赤は火、青は木、黄は土、白は金、黒は水を指します。ただし、黒に関しては負のイメージが強いこともあり、紫が代わりに使われる場合が多いです。
短冊の色には他にも意味があり、それぞれの色に「徳」という人間の心構えがあります。その徳に合った願い事、また風水的な色に合わせて願い事を書くと願いが叶いやすくなるといわれている。

いくつになっても、天の川を眺め、清らかな気持ちで手を合わせ、日々の感謝を宇宙に伝えたい。