いじめがどうして起こるのか

いじめ問題はどの時代でも深刻で、もっとも尊い命でさえ時に奪ってしまいます。

神道の考え方では命とは、祖先が大事に育ててきたからこそ今の自分があるものです。

全てのものには命があり、その恵みがあるから人は生きていられます。

いじめを起こすその本人は、自分のいのちを大事にできていません。

いじめは被害者が心を、命を痛めているのは、言わずもがなです。

そしていじめを周囲で眺めているその人たちもまた、命を痛めてしまっています。

命とは本人とその親だけのものではありません。

本人の親の命を生み育ててくれた祖父母、その祖父母を生み育てた曾祖父母、またその父母、祖先とずっとつながってきた命があるのです。

自分の命が自分だけのものではない、そのことが子どもたちに充分伝わっていない。

だから同じ大切な命である、学校の仲間を攻撃してしまう。

加害者側が自分を良くする力を失っているから、いじめが起こるのかもしれません。

自分を整え、良くする力がもどってくると生きる力が湧いて子ども本人が活き活きとしてきます。

体調が良くなり、楽しいことを見付ける力が大きくなり、顔の相も良くなると運気も上がってきます。

子ども達がいじめに執着するような状態の時、それは自分を整える力をなくした彼らの叫びなのかもしれません。

周囲の大人が自分の整え方を教えてあげないと、目の前のいじめ問題だけを止めさせてもあまり意味がないのです。